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不確実

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。
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最近、不確実性のマネジメントに関心が強くある。不確実なものを確実にすると言う過程が、創作活動のすべてだと思うようになったからだ。しかも、一人での作業にも、チームでの作業にも当てはまる汎用性がある。

不確実性を下げるのに必要なのは、物事をどんどん定めていくことだ。何を作るか、なぜ作るかすら定まっていない状態から、大小様々な意思決定を経て、全てが定まり人の手で触れる状態まで落とし込むのが、創造というプロセスだ。

ここで、「意思決定」の話題が出たが、これは「メタとは規則である」「規則とは意思決定の産物である」という、ぼくが最近関心を抱いている事柄に通ずる。

…と、一足飛びに結論めいたものを導き出してこの文章を終わらせることもできるのだが、ふとした思いつきで、不確実性について少し違う角度から考えてみたい。

というのは、「物事をどんどん定めていく」つまり確定させていくというところから、逆に「不確実≒不確定」という図式が思い浮かび、更には「不確定性原理」まで連想したことから、少し知識遊びをしたくなったのだ。

20世紀初頭、科学上3つの発見が人々の価値観を大きく変えた。相対性理論、不確定性原理、不完全性定理である。この3つの原理は、巨視的現象にも、ミクロな現象にも、論理体系にも、どこにも一切「絶対」「確定」「完全」「無矛盾」はあり得ないことを示し、絶対なるものへの信仰を還付なきまでに叩き壊した。

ぼくがこれからしようとしているのは、不確実性の源泉をこれらの概念に求めてみるという遊びである。こうした遊びをしてみることで、単に「不確実性のコーンを早期に収束させるには、精度の高い意思決定をいかに速く行うかに掛かっている」などという通り一編の理屈を超えた、更に面白い洞察を期待するものである。

とはいえこの文章はだいぶ長くなってしまったので、今日はここまで。続く。

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今週土曜(7/6)、「東京読書サミット」というイベントを開催します📖

このイベントは今回で4回目。
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どんなイベントか? 今回で4回目ですので、だんだんイベントの「型」も定まってまいりました。
毎回こんな構成で行っております。

16:00-16:30 受付
16:30-16:35 はじめに
16:35-17:20 トークライブ
17:20-17:50 ビブリオトーナメント(予選)
17:50-18:00 10分間休憩
17:55-18:20 ビブリオトーナメント(決勝)
18:20-18:30 結果発表・写真撮影・終了
18:30-19:30 懇親会

ビブリオトーナメントとは?
ビブリオトーナメントとは、参加者同士をつなぐために考案された東京読書サミットの目玉企画です。

このワークショップでは、まず参加者の皆さまをグループに分けたあと、グループ内で「わたしの大事な一冊」をテーマにプレゼン&ディスカッション。

その後投票を行い、一番「読んでみたい」と思わせる本の紹介をした方は、決勝プレゼンに進むことができます。
(決勝プレゼンと言っても、司会者との対談形式で進めますので、あがり症の方でも安心です)



決勝プレゼン後の投票で一位に選ばれたら、その方と、その方を輩出したグループの皆様にはちょっとした景品を贈呈いたします。
ちょっとしたゲーム要素があるおかげで、会話が盛り上がること、グループのメンバーと仲良くなれることは請け合いです😊
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無知

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今日は、自分が一番物を知らなくて、一番物分りが悪くて、一番ピントがズレてて、そこに居た皆さんが先生で、ずっと緊張してて…最高に楽しかった。ぼくはなんだか、自分の世界を常に広げ続けていたいタイプらしい。願わくば、死ぬまで世界を広げ続けていたいものだ。自分に価値を求めないことで心の安寧を得ている人間としては、自分の慢心を打ち砕き、自分が一番無知であるような場は本当にありがたい。そんな場では、誰もぼくに特段の関心を払わない。なぜなら、その場で一番無価値な人間だからだ。
もちろんそんな場は居心地が悪い。逃げ出したい。不安だ。疲れる。つらい。
しかし、そんな場で素直に自分の無知を認め、自分よりも遥かに年下の人たちに教えを乞うという体験が、最高に刺激的で、生きていると言う実感さえ得られる。逆に言えば、居心地のいい場所でのんびり構えている時は、半ば死んでいるようなものとすら感じられる。願わくば死ぬまでこういう経験をしていきたいものだ。死ぬほど、生きろ。悪くないコピーじゃないか?

笑み

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。
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今この瞬間にしか書けないことを書く(だからこそあとで見ても意味がわからない、たぶん)。ちゃんと笑っている。ちゃんと無意識に笑みを浮かべている。ぼくの意見を否定されたのに。そのことに気付いたとき、ものすごく嬉しかった。ぼくは今、くだらない自尊心が心のどこにも無かった。目的が達成できるなら自分の意見や存在などどうでもいいと思っていた。そして、人が遠慮ない意見をぼくにくれる、この状況を心から楽しんでいた。40年生きて、ようやくここまで来た。第一歩だ。自分のことを健やかに軽んじることができた。ありがたし。