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オルト・ファクトフルネス

ファクトフルネスは、事実を表す「データ」を巡る、人間が犯しがちな過ちを「10個の本能」という形でまとめ上げている。

素晴らしいアプローチであり、ユーモアと楽観的なメッセージに溢れた同書籍は、今度イベントを開こうとするぐらいにファンである。

ただ、ぼくはエンジニアだ。「10個の本能」のような「列挙型」のアプローチも嫌いではないが、エンジニアの本能として、論理的にMECEだと自信を持てる説明のアプローチがないか探ってしまう。

そこで色々探った結果、問題はただ一つだという結論に達した。それは、事実を尊重する価値観である。

できるだけ正確なデータの収集、主観を交えない解釈、偏りや恣意的な編集のない情報発信、そうした情報を先入観なく受け入れる情報受信など、全ては突き詰めると「事実を尊重する」価値観次第だと言っていい。

しかし先にに述べたすべての過程で、人間は誤りうる。人間の認知能力の限界故か、資金が充分に割り当てられないためか、資本主義が引き起こす衆愚化の故か、それとも「本能」ゆえか。

限界を超えるにも、資金を割り当てるにも、衆愚化に抗うにも、本能に抗うにも、意志の力が必要だ。事実を尊重する意志が。思考も行動も事実に基づくべし、とする価値観が。

つまり、本当にすべきことは、事実を尊重する価値観をひたすら人々に刷り込むことだ。今はそんな教育が成されていないことが問題なのだ。だから、ファクトフルネスという書籍が、新しいものとして世界中に驚きを与えているのだろう。

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虚ろな月

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虚ろ

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16:00-16:30 受付
16:30-16:35 はじめに
16:35-17:20 トークライブ
17:20-17:50 ビブリオトーナメント(予選)
17:50-18:00 10分間休憩
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18:30-19:30 懇親会

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ビブリオトーナメントとは、参加者同士をつなぐために考案された東京読書サミットの目玉企画です。

このワークショップでは、まず参加者の皆さまをグループに分けたあと、グループ内で「わたしの大事な一冊」をテーマにプレゼン&ディスカッション。

その後投票を行い、一番「読んでみたい」と思わせる本の紹介をした方は、決勝プレゼンに進むことができます。
(決勝プレゼンと言っても、司会者との対談形式で進めますので、あがり症の方でも安心です)



決勝プレゼン後の投票で一位に選ばれたら、その方と、その方を輩出したグループの皆様にはちょっとした景品を贈呈いたします。
ちょっとしたゲーム要素があるおかげで、会話が盛り上がること、グループのメンバーと仲良くなれることは請け合いです😊
トークライブトークライブは、ゲストが「わたしの大事な一冊」をテーマにして、縦横無尽に語り尽くします。

無知

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。
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今日は、自分が一番物を知らなくて、一番物分りが悪くて、一番ピントがズレてて、そこに居た皆さんが先生で、ずっと緊張してて…最高に楽しかった。ぼくはなんだか、自分の世界を常に広げ続けていたいタイプらしい。願わくば、死ぬまで世界を広げ続けていたいものだ。自分に価値を求めないことで心の安寧を得ている人間としては、自分の慢心を打ち砕き、自分が一番無知であるような場は本当にありがたい。そんな場では、誰もぼくに特段の関心を払わない。なぜなら、その場で一番無価値な人間だからだ。
もちろんそんな場は居心地が悪い。逃げ出したい。不安だ。疲れる。つらい。
しかし、そんな場で素直に自分の無知を認め、自分よりも遥かに年下の人たちに教えを乞うという体験が、最高に刺激的で、生きていると言う実感さえ得られる。逆に言えば、居心地のいい場所でのんびり構えている時は、半ば死んでいるようなものとすら感じられる。願わくば死ぬまでこういう経験をしていきたいものだ。死ぬほど、生きろ。悪くないコピーじゃないか?