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名前

今週のジャンプの「アクタージュ」にでてきたセリフ、繊細な機微を捉える言葉として素晴らしかったのでメモしておく。

この感情に「嫉妬」だなんて簡単な名前をつけたくない

だから今はただこの感情を覚えておこう

きっといつか
私をより美しくしてくれる
そのための感情のはずだから

ライバルが主人公の舞台を見て語るモノローグである。この漫画、やはり現代の作品なだけに、「ガラスの仮面」ほどの強烈な「ベタ感」や「アクの強さ」がなくて物足りないところもある。が、ところどころのセリフなどに凄まじいセンスを感じるときがある。

人間の感情とは複雑なもので、まるで真逆の感情を同時に抱くこともあるし、片手を超えるほどの違った感情を同時に抱くことすらある。そんなことがこの年になってようやく分かってきた。そんな感情に、大雑把な名前を付けてしまうことは、自分の内面を単純化しすぎ、他の感情を無理に押さえつけてしまい、大きな誤りへと導きすらしかねない。

上記のフレーズは、そんなことを薄々勘付いていたぼくに、「名前を付けずに、ただ覚えておく」と言う選択肢を提示してくれた点で新鮮であった。

きっとそうした感情を完全に消化して乗り越えたとき、人は大雑把にくくって記憶しておくために、名前を付けて呼んだりもするのだろう。「あの時嫉妬してさ」なんてことを、数年後の彼女も言うのかもしれない。

ただ、そんな日が来るまでは、無理に名付けず、もしかすると意味付けもせずに置いておくのがベストなのだろう。

頭でっかちのぼくに、そんなことができるのだろうか。解釈も意味付けもせずに記憶しておく、そんなことのできる器用な脳みそが欲しい。

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ちょっとしたゲーム要素があるおかげで、会話が盛り上がること、グループのメンバーと仲良くなれることは請け合いです😊
トークライブトークライブは、ゲストが「わたしの大事な一冊」をテーマにして、縦横無尽に語り尽くします。

無知

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。
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今日は、自分が一番物を知らなくて、一番物分りが悪くて、一番ピントがズレてて、そこに居た皆さんが先生で、ずっと緊張してて…最高に楽しかった。ぼくはなんだか、自分の世界を常に広げ続けていたいタイプらしい。願わくば、死ぬまで世界を広げ続けていたいものだ。自分に価値を求めないことで心の安寧を得ている人間としては、自分の慢心を打ち砕き、自分が一番無知であるような場は本当にありがたい。そんな場では、誰もぼくに特段の関心を払わない。なぜなら、その場で一番無価値な人間だからだ。
もちろんそんな場は居心地が悪い。逃げ出したい。不安だ。疲れる。つらい。
しかし、そんな場で素直に自分の無知を認め、自分よりも遥かに年下の人たちに教えを乞うという体験が、最高に刺激的で、生きていると言う実感さえ得られる。逆に言えば、居心地のいい場所でのんびり構えている時は、半ば死んでいるようなものとすら感じられる。願わくば死ぬまでこういう経験をしていきたいものだ。死ぬほど、生きろ。悪くないコピーじゃないか?