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抽象

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。
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前回のエントリで、「ぼくは根源を求める思考様式には慣れている」と書いた。しかしこの記述にも違和感がある。実際ぼくは、そこまで細部に関心を抱く方ではないからだ。言ってみれば、雑で細かいことを気にしないタイプ。

それよりも、物事を抽象化して考える事のほうが好きだ。具体的な事象を並べ、そこから抽象的なモデルを引き出す。

根源や原子を求めるという行為と、抽象化するという行為を混同してしまったのはなぜだろう?

また、抽象化するというのは、言わば「メタ」な考え方をするということ、つまり「上のレベル」で考えるということだ。そうして、「上のレベルで考える」ことに慣れているはずの自分が、なぜビジネスのレベルで物事を考えるということができずに、ここまで苦しんでいるのだろうか?

これら自体非常に抽象的で、考えることに意味があるかどうかわからない問いだ。そもそも、「上のレベル」などと言っているが、ここで用語の混同もありそうな気がする。思考が混乱した挙句に、言語が混乱して生じた、前提のおかしな問いなのかもしれない。

まあ、愚にもつかない問いを立てて、考えるもよし忘れるも良し。

両端

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。
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根源を求める、という思考様式を繰り返してきた。

なぜ?を繰り返して根源にたどり着く。
問題を分解し、少数(できれば一つ)の要素にたどり着く。

別にこういう思考様式が悪いとは思わない。こういう思考様式を繰り返してきたからこそ、得られるものもある。「詳細まで知り尽くす」事によってしか得られないものは、あるものだ。
物理運動を語るとか、システムの動きを語るとか。内部を語り、モノを自在に操るには、どうしても細部に向かう思考が必要となる。

ただ、現在事業づくりをしていて、こうした思考様式が全く通じない世界があるとわかった。投資家は、哲学を求めない。原因を求めない。まず「どう儲かるのか?」が説明できないと、全く話にならない。

いつもの癖で、ぼくが抱えるこうした問題の根源をやはり求めてみる。思うに、根源を求める思考と、ビジネス的なマインドの間には、大きく分けて2つの隔たりがある。

一つは、根源を求める活動は静的であることだ。根源にたどり着いたと思ったところで、そこには運動がない。対して、ビジネスは非常にダイナミックだ。時間の経過で状況はどんどん変化する。

もう一つは、根源を求めたところで、その根源となる部分の寄せ集めで全体を語ることができないということだ。これはシンプルに全体論の議論と重なる。部分を足し合わせても全体にはならない。

そして更にこれはレベルがある。低レベルの詳細は、それより上のレベルからは隠蔽されているし、そうあるべきだ。分子運動を研究する研究者は、原子核の詳細を知る必要はない。心理学を研究する研究者は、脳細胞の詳細を知る必要はない。そして、経営をするものは製品の詳細を知る必要はないし、投資を行うものは企業活動の詳細を知る必要はないのだ。

そんなことはない、という反論もあろう。低レベルの詳細を知っておくに越したことはない、と。その反論に対し、実際の現象を引き合いに出さずに再反論することは難しい。天候現象を知るために、クオークの理論を知る必要があるだろうか?と。ただ、これは経験したことがない人に心の底から納得してもらうのは極めて難しいように思える。

今苦しんでいることは、上の2つ、ダイナミズムへの無理解と、全体論的な現象に集約されていると言っていい。

ぼくは、時系…