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11月, 2017の投稿を表示しています

嘲笑

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。
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人間的な成長と呼べるものがあるとしたら、それは自分をメタに眺める視点を手に入れることであろうと思う。

ただ、いかにメタな視点から眺めようとしたところで、所詮自分は自分というシステムから逃れ出ることはできない。どれほど過ちを犯しかかっていようと、結局は自分というシステムに屈服するしかないのだ。

だから、できることはただ、滑稽な自分を笑う他にない。過ちと知りつつ突き進む自分、どうにもならないその歯がゆさを、ただただ呆れて笑うしか。これが、自分に対してメタ的な態度で臨む際の正しい姿勢なのだと、最近は思うようになった。

だからぼくは、今日も路上を走りながら、自分に呆れて笑うのだ。

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注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。
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物事は重なるものである。

仕事や個人的なイベントのラッシュをくぐり抜け、なんとか平穏な精神生活を取り戻してから1週間。

長らく溜まっていたタスクたちを全て消化したその日。

会社の将来を占う、極めて重要な通達がなされた。

決していいニュースではない。ただ、「会社ごっこ」をやめ、本気で経営に取り組まねばならないという危機感をもたらしてくれるという意味では、決して悪い話ではない。

ぼくの人生のフェーズが変わる。それを象徴するかのような1日を終え、決定的なシーンを何度も反芻し、胸を締め付けられるような切なさと感謝を感じながら、挑戦者の気持ちを胸新たに、多少の高ぶりを感じている。悪くはない。

こうした物事の重なりはただの偶然と知りつつも、そこに意味を見出そうとするのは愚かだと知りつつも、戯れに「運命」などを感じてみる。そのほうが面白いがゆえに。