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選択

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。 
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価値観について考えていると、自然と、人生における選択というトピックに辿り着く。人が価値観というものを必要とするのは、主に物事を選択するためだからだ。

選択に迷うのは、価値観が定まっていないからだ。価値観が定まっていなければ、何に重きを置き、何を諦めるかが決められない。人生における難しい問いの数々は、価値を定められない自分こそがその原因である。

何かを選ぶという事は、何かを捨てるということだ。選んだものがあるなら、選ばなかったものがある。ぼくが常々問題にしているのは、この「自分が選ばなかったもの」を軽んじる態度のことだ。そして、自分が選んだものこそが「価値が高い」と見なしてしまう態度のことだ。

自分が選ばなかったものを、とても大事に選び取った人や、それを選ばざるを得なかった人も、きっといる。だから、自分が選ばなかった物事を軽んじたり、悪し様に言うのは常に悪手である。むしろ、自分が選ばなかった道を選んだ人に、敬意を持って接するべきである。

選ばなかった物事に対しては、自然と関心が薄くなり、あまり知らないという状態になる。だから、自分が選ばなかった物事については多くを語るべきでない。広く世の中に関心を持って、バイアスの少ないものの見方をしたいと思うのなら、価値判断は可能な限り減らし、「選ばない」物事を減らすべきなのである。

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虚ろ

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白く照り輝いていた

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「本好きの祭典」東京読書サミット#4を開催します!

今週土曜(7/6)、「東京読書サミット」というイベントを開催します📖

このイベントは今回で4回目。
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どんなイベントか? 今回で4回目ですので、だんだんイベントの「型」も定まってまいりました。
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16:00-16:30 受付
16:30-16:35 はじめに
16:35-17:20 トークライブ
17:20-17:50 ビブリオトーナメント(予選)
17:50-18:00 10分間休憩
17:55-18:20 ビブリオトーナメント(決勝)
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18:30-19:30 懇親会

ビブリオトーナメントとは?
ビブリオトーナメントとは、参加者同士をつなぐために考案された東京読書サミットの目玉企画です。

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その後投票を行い、一番「読んでみたい」と思わせる本の紹介をした方は、決勝プレゼンに進むことができます。
(決勝プレゼンと言っても、司会者との対談形式で進めますので、あがり症の方でも安心です)



決勝プレゼン後の投票で一位に選ばれたら、その方と、その方を輩出したグループの皆様にはちょっとした景品を贈呈いたします。
ちょっとしたゲーム要素があるおかげで、会話が盛り上がること、グループのメンバーと仲良くなれることは請け合いです😊
トークライブトークライブは、ゲストが「わたしの大事な一冊」をテーマにして、縦横無尽に語り尽くします。

無知

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。
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今日は、自分が一番物を知らなくて、一番物分りが悪くて、一番ピントがズレてて、そこに居た皆さんが先生で、ずっと緊張してて…最高に楽しかった。ぼくはなんだか、自分の世界を常に広げ続けていたいタイプらしい。願わくば、死ぬまで世界を広げ続けていたいものだ。自分に価値を求めないことで心の安寧を得ている人間としては、自分の慢心を打ち砕き、自分が一番無知であるような場は本当にありがたい。そんな場では、誰もぼくに特段の関心を払わない。なぜなら、その場で一番無価値な人間だからだ。
もちろんそんな場は居心地が悪い。逃げ出したい。不安だ。疲れる。つらい。
しかし、そんな場で素直に自分の無知を認め、自分よりも遥かに年下の人たちに教えを乞うという体験が、最高に刺激的で、生きていると言う実感さえ得られる。逆に言えば、居心地のいい場所でのんびり構えている時は、半ば死んでいるようなものとすら感じられる。願わくば死ぬまでこういう経験をしていきたいものだ。死ぬほど、生きろ。悪くないコピーじゃないか?