2016年2月22日月曜日

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。 
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今朝ジョギングをしていたら、道端に死んだ狸を見つけた。どうやら車に轢かれたものらしい。恐らく轢いた人の手によるものだろう、車道の脇にその死体は寄せられており、車の通行を妨げないようにされていた。

一度はその脇を走り過ぎたが、冷たい灰色のアスファルトの上に横たわる暖かい茶色の毛並、という鮮やかなコントラストがあまりに印象深く哀れを誘ったこと、また狸などという獣を近くで見たことも初めてだったこともあり、いつものように神社に参って折り返す頃には、その狸をせめてどこかの土の上にでも置いて、土に戻る手助けをしてやろうと心に決めていた。

とはいえあまりに非現実的に思えて、もしや早朝の眠気がもたらした幻ではないかなどと自分を疑いつつ元来た道を戻っていると、果たして狸は先ほどと同じように道端に伏していた。

口から軽く血を吐いて、狸は横たわっていた。半ばうつ伏せという姿勢ながらも、右の前足はねじ曲がって、体の外側に向かって大きく開いている。車に刎ねられて折れたのであろう。目はかっと見開かれており、まばたきをする気配はない。

意を決して抱き上げると、ほんのりと暖かいような気がした。死後硬直による、生き物ならぬ硬さや手触りを覚悟していたが、多いに弾力がある。もしかすると、事切れたのはつい先ほどのことかもしれぬ。もしや生きているのではと顔をじっと眺めてみたが、やはりまばたきはない。

産まれたての赤ん坊を抱くように、死んだ狸を横抱きにして、ぼくは山に向かって歩き始めた。たまたま狸の死んだ場所は、公園と隣り合った山の向かい側だったので、車道を渡るとすぐに山に向かう道の入り口に立っていた。山と言っても、入り口は人の手によって畑に切り開かれており、高さもビル5,6階あるかないかの小さな山である。それほど山の奥まで行くつもりもないので、ジョギングのための軽装ではあったが、入るのにためらうことはなかった。

山に入ったのは全くの気まぐれである。実際に狸を抱いて道を渡ってみるまでは、山の隣の公園に入って、どこか隅に置いていこうという算段であった。しかし早朝とはいえ、よく整備された大きめの公園では割と多くの年寄りが朝の散歩をしている。そこに、やたらと軽装の中年男が、死んだ狸なぞを赤ん坊のごとく抱いて現れたらさぞ奇異に映るだろうと思い至り、人気のない山に入ることにしたのであった。

恐らく地主が趣味で作ったものであろう、狭いがよく整えられた畑の横を、狸を抱いて通り過ぎると、枯れて尖った草が多い茂った竹やぶ山の麓に足を踏み入れた。なまじ人気がないだけに、逆にここで誰かに出会ってしまったら、ぼくの異様な立ち居振る舞いに悲鳴でも上げられてしまうのではないかと気が気ではなかったが、そんな心配は杞憂であった。畑の周りには誰もいなかった。いるのはぼくと、口の端からわずかに血を垂らした狸のみであった。

竹山の麓に立つと、尖った草の先っぽが足をちくちくと刺す痛みが、この体験を現実のものだと伝えてくる。すぐにでもこの狸を土に還してくれそうな、土の露出した部分を探す。だが地面は枯れ草に覆われており、どうやらそれはかなわなそうであった。一瞬土手の窪みが目に付き、そこにこの狸を入れてはと思ったが、まだ諦めきれずに地面を探す。微生物や昆虫がすぐにでも寄って来てくれそうな、湿っぽい土がいい。しかしこの「土に還してやりたい」という気持ちはなんなのだろう、自然に思えるが、不思議だ。そんなことを考えながら辺りをきょろきょろしたり、竹山の奥に目を凝らしたりしてみたが、どうやら望むような地面は見当たらないようだ。しょうがないと諦めて、先ほど見つけた窪みに狸を入れようと心を決めた。

竹山の麓の土手の、小さな横穴とでも呼べそうな窪みに狸を横たえる。まるでしつらえてでもあったかのように程よい大きさの窪みである。狸の重みを失った自分の両腕には、まだその温もりが残っているかのように思えた。

静かに横たわる狸に対し、愛おしさを感じた。抱き上げてからほんの数分の間に、ぼくの中には狸に対するこの上ない愛着が生まれていた。この場を去るのが寂しい、という気持ちをはっきりと感じながら、狸の死体が少しでも人目に触れぬよう、窪みの上から垂れ下がっていた枯れ草を下に引っ張ったりなぞした。

自然と、合掌した。

狸を抱いていた腕からは、これまで嗅いだことのないような生臭い匂いがした。これが、野生の獣の匂いか。その豊穣な香りを少しでも味合わんと深く息を吸い込みながら、ぼくはその場をあとにした。

次の日も同じようにジョギングをし、その山の前に差し掛かった時、ぼくはまたも手を合わせた。狸の霊が、八百万の神の一柱となって、その場所を守っているかのような想いを抱いた。ぼくにとってその場が特別な意味を持つようになったことを思い知った。