2016年2月10日水曜日

形式知

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。 
----
最近、よくこのブログを書いている。そのうち更新も止まるだろうから、書きたいうちにいっぱい書いておこう、という気持ちだ。

これほど書いている理由の一つに、今の自分の思考を形式知にしておきたいという思いがある。正直なところ、今の自分は気に入ってはいるが、危ういバランスの上で成り立っている気がしているからだ。いつまた、根拠なき思い込みと虚栄心に塗れた傲慢な人間に戻らないか、常に不安なのだ。

今の自分 ー 他者からの評価を(そんなに)気にしなくなった自分 ー を成り立たせているものは、自分の思い込みをエポケーすることと、価値の相対化に依るところが大きい。フッサールとニーチェの影響をもろに受けた形だ。しかし、この2つは持続させることが難しい。価値観という物差しは、社会生活を営む上で必要不可欠であり、価値観の固定化(思い込み)や絶対視に至る道は日常の中にいくらでも存在しているからだ。かのニーチェですら、自分の思想の価値だけは疑えなかったのだから。

かように不安定な土台の上で成り立っている心の平穏を少しでも永らえさせたく、その方法を形式知にしておきたいという訳である。まあそれはまた、1つの思い込みを作る作業に過ぎないのだが。