2016年1月26日火曜日

ルール

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。 
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前回の思索に引き続き、ルールという現象について考える。

ルールには、罰を伴うものと伴わないものがある。罰を伴うルールは、良心とその呵責を連れてくる。良心の呵責とは、罰への恐れだ。他者に知られたら罰される、そういう恐れが、良心の呵責の正体だ。そういう意味で、罰を伴うルールは道徳的規範そのものであるとも言える。

ルールは人が定めるものであり、そこには必ず何らかの「意図」が作用する。なるべく、コミュニティの大多数の幸福に利する意図のみが法となるよう、「みんなで決める」という方式を採用しているのが民主主義である。

ルールの本質的な性質として、「ルールを守らねばならないというルール」は根本的に定義できないというものがある。そのため、ルール自体に対して「なぜこれを守らねばならないか?」を問うと、すぐに行き止まりにぶち当たる。「人を殺してはいけないのはなぜか?」という問いに対して、法を持ち出して答えても、「なぜその法を守らねばならないのか?」を問われればそこでギブアップだ。

しかし普通はそこまで考えない。多くの人に取って、法と罰則があれば、充分に法を遵守する理由になる。罰則があるならば、先の「なぜその法を守らなければならないのか?」という質問に対して、「罰されるから」と答えることで、罰=不快を避けたいという人間の原初的な本能が、ルールを守る根拠となる。そうして「守るのが得策」という状態を勝ち得ることが、「法を作る」という行為の一つの理想と言える。

ルールの遵守を強制させる方法として、懲罰以外に強力なのは、「みんながそのルールを守っている」という状態を作り上げることである。多くの人がそのルールに概ね満足し、守っているなら、それは大きな強制力となる。社会という存在が、ルールを「護る」のだ。

このように、ルールを皆が守る状況をを作るには、強力な警察力を備えると言った「懲罰」の面からのアプローチも考えられるが、「みんなが既にそれとなく守っている規範」を明文化するといった方法もある。ハイエクの言うところの自生的秩序というやつだ。懲罰によるアプローチと、自生的秩序によるアプローチが、それぞれ冷戦下の社会主義と自由主義のアプローチに重なるのは、決して偶然ではあるまい。

だから、「なぜ人を殺してはいけないか?」という答えにはこう答えられる。まず懲罰の観点から、「殺すと罰されるから」。そして社会的な観点から、「皆が『殺してはいけない』というルールを守っているから」。

とはいえ、論理的に言えばこうなるが、「人を殺す」という行為に対する嫌悪感や反発心を、単純な懲罰への恐れや同調圧力に還してしまうことには異論もあろう。我が国の教育や報道によって、殺人をタブーとする道徳は、強固この上ないものとなっている。こういう状況下で、「なぜ殺人はいけないか」はもはや「語り得ぬもの」の領域にある。殺人がダメな理由は、「ダメだからダメ」とトートロジーで答えるのが、最もふさわしいように思える。

ルールの明文化

ルールが明文化されることには大きな意味がある。明文化されていない状態は、移ろいやすい。そのルールの確固たる存在を認識できない。「書く」ことで、ルールは存在を確固たるものとする。人々が存在に対する確信の度合いを深める。人によってはそれが「実在」と感じられるほどに。

明文化されたルールは、人間の記憶よりは確かなものとして存在するようになる。だから人は、安心してルールの存在を普段は忘れていられる。しかし、時にそのルールを必要とした際、明文化されたルールは変わらずそこに「ある」。

この「変わらない」という性質は、非常なトレードオフを伴う。時代にそぐわないルール、コミュニティ内の多様性に対応できないルール、そもそも成文化のスキルが低く、曖昧過ぎたり、厳密過ぎたり、意図が読み取れなかったりするルールなどが、コミュニティのメンバーを苦しめることになる。

ツールとしてのルール

最後に、ルールとはツールである。ルールが存在すると、何か判断を求められる状況になった際、人はルールに合致しているかどうかのみ考えれば良くなり、思索に費やす時間を大幅に節約できる。ルールより下を考えなくて済むのだ。

「決戦は金曜日」と決めたならば、「決戦をいつにするか」についてはもう考えなくて良い。法的に悪とされていることは、その行為をすべきかどうか、しても良いかどうかをもはや考える必要がない。

なので、例えば組織のスピードを上げたい場合は、適切なルールを定め、更に明文化しておくことで、劇的なスピードアップを図ることができるだろう。その際には、ルールを皆が守るよう、懲罰の仕組みを整えたり、秩序が自生するまで待つ忍耐も必要だろう。メンバーがルールを守りやすいよう、様々なツールを使用するのも良い。時にリーダー自ら懲罰役となり、ルールを組織に浸透させていく必要もあるだろう。組織が大きい場合は、ルールを行き渡らせるために、コストをかけてシステムを構築する必要もあるだろう。