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メモ 2015/08/18 文学的

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。 
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先日、「まれ」というドラマの脚本について妻と話していた時に、自分の口から「脚本に粘りが足りない」という言葉が飛び出した。

ただそれだけなのだが、ぼくが「まれ」について思っていた感想をズバリと言い表したような気がして、かなり気に入ったのを覚えている。
(万人が同様の感想を抱くわけじゃないというのは重々承知しつつ)

こういう、心の中にある言語化されていない感覚を、適切な言葉で表すセンスこそが、文学的センスというのだろう。いや、「適切」では足りない。受け手の予想を超えつつ、「まさにそれしかない」という表現を発想するセンスが、文学者には必要だ。

昔、川端康成の「雪国」の書き出しを読んだ時の衝撃が忘れられない。「トンネルを抜けると、そこは雪国だった」。完璧すぎる。100年たっても色褪せないとはこのことだ。一文字の無駄もない。

翻って自分はどうか。ここ数年、コピーライターを自称していろいろ言葉を弄してはいるが、まだまだだな、と感じるだけでなく、だんだん衰えを感じるようにもなってきた。言葉をひねり出すのに必要な、膨大なエネルギーが、なかなか捻出できない(これはトシのせいなどではなく、色んなことを同時並行で考えなくてはならない立場だからだ…と思いたい)。

自分の書いたコピーで、今のところ一番のお気に入りは、htmlday向けに書いた「さあ、お祭りだ。」だ。htmldayとは何かを端的に表現しつつも、人を高揚させる力がある。HTML5 Japan Cupの「日本のWebを、たぎらせろ。」は悪くないが、「たぎらせろ」を全部ひらがなにした(滾らせろ、じゃ読めないと思って)せいで、力強さが損なわれている。「タギらせろ」と、カタカナを入れれば、力強さが補われてなお良かったのに。

昨日CMを見てふと思ったが、ランドセルに「天使のはね」と名付けた人は天才だと思う。子供を持つ親の気持ちを深く理解している。このネーミングは、企業に何十億円もの利益をもたらしたことだろう。

文学的センス、衰えさせている場合ではない。だが、コピーライティングに集中できるような立場ではないのも確か。人生はなかなか難しい。

いつもながら、とっ散らかった文章だな。

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虚ろな月

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虚ろ

虚ろな月が
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空っぽな私を映す鏡のように
月が綺麗だった

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毎回「本」と「本好きの人々」に囲まれた、幸せな空間を演出しております。
どんなイベントか? 今回で4回目ですので、だんだんイベントの「型」も定まってまいりました。
毎回こんな構成で行っております。

16:00-16:30 受付
16:30-16:35 はじめに
16:35-17:20 トークライブ
17:20-17:50 ビブリオトーナメント(予選)
17:50-18:00 10分間休憩
17:55-18:20 ビブリオトーナメント(決勝)
18:20-18:30 結果発表・写真撮影・終了
18:30-19:30 懇親会

ビブリオトーナメントとは?
ビブリオトーナメントとは、参加者同士をつなぐために考案された東京読書サミットの目玉企画です。

このワークショップでは、まず参加者の皆さまをグループに分けたあと、グループ内で「わたしの大事な一冊」をテーマにプレゼン&ディスカッション。

その後投票を行い、一番「読んでみたい」と思わせる本の紹介をした方は、決勝プレゼンに進むことができます。
(決勝プレゼンと言っても、司会者との対談形式で進めますので、あがり症の方でも安心です)



決勝プレゼン後の投票で一位に選ばれたら、その方と、その方を輩出したグループの皆様にはちょっとした景品を贈呈いたします。
ちょっとしたゲーム要素があるおかげで、会話が盛り上がること、グループのメンバーと仲良くなれることは請け合いです😊
トークライブトークライブは、ゲストが「わたしの大事な一冊」をテーマにして、縦横無尽に語り尽くします。

無知

注意:このブログは、読者不在を心掛けつつ、白石俊平個人の私的な文章を面白くなく綴るものです。
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今日は、自分が一番物を知らなくて、一番物分りが悪くて、一番ピントがズレてて、そこに居た皆さんが先生で、ずっと緊張してて…最高に楽しかった。ぼくはなんだか、自分の世界を常に広げ続けていたいタイプらしい。願わくば、死ぬまで世界を広げ続けていたいものだ。自分に価値を求めないことで心の安寧を得ている人間としては、自分の慢心を打ち砕き、自分が一番無知であるような場は本当にありがたい。そんな場では、誰もぼくに特段の関心を払わない。なぜなら、その場で一番無価値な人間だからだ。
もちろんそんな場は居心地が悪い。逃げ出したい。不安だ。疲れる。つらい。
しかし、そんな場で素直に自分の無知を認め、自分よりも遥かに年下の人たちに教えを乞うという体験が、最高に刺激的で、生きていると言う実感さえ得られる。逆に言えば、居心地のいい場所でのんびり構えている時は、半ば死んでいるようなものとすら感じられる。願わくば死ぬまでこういう経験をしていきたいものだ。死ぬほど、生きろ。悪くないコピーじゃないか?